早朝。具体的には午前5時20分。目覚ましと携帯アラームの二重がけで目を覚まし身支度を整えるとともに最終の荷物確認を行い、6時15分、私達は家を出ました。流石は冬至の一ヶ月前、外はまだ暗いです。
鬼のように重いスーツケースを引き摺って最寄りのモノレールの駅から蛍池に向かい、そこから関空行きのバスに乗ります。往復で約4000円弱超高い。しかし車で行って1週間も空港の駐車場に停めようもんなら1万じゃとても済みません。諦めてバスに揺られます。阪神高速の池田線から環状線経由で湾岸線というルートは、私が毎日の営業で走っている道ですので旅情を掻き立てられることなどあろう筈もなく、ただ眠い目で見慣れた景色を眺め続け、バスはようやく関空に到着。
この時点で夫婦とも疲れが見え始めてこの先が思いやられます。
9時に団体用カウンターで添乗員さんと挨拶。航空券を頂き、一旦解散。私は手持ちの金をユーロに変えます。レートは手数料込で1ユーロ=107円。有り得ない安さです。まぁ今後もっと安くなる可能性も大いにありますけどね。
その後、最後の買い物(ホッカイロ)をすませ、私はクリスマス飾りが施された関空を適当に撮って時間をつぶしました。

空港と新幹線のホームって、絶対に時間の流れがおかしいですよね。世の中で最も早く時間が流れる場所だと私は思います。
さて、そんなこんなで11時。出国の手続きが相変わらず拍子抜けするほど簡単に終わり、スーツケースを預け、関空内のトランスポーターに
揺られて、ゲートに向かいます。私たちをこれからアムステルダムまで運ぶのは、KLMオランダ航空のKL868便。機体はボーイング777でした。さて、私の中で「飛行機」特に国際線で使われる機体のイメージは、どうしても「ジャンボジェット」ボーイング747型機です。
二階建てで、エンジンが4発ついているアレですね。ですから777型機のように双発というのはどうにも心もとない。もし一発死んだらと
思うと、機内食も喉を通りません。
「頼むから途中で疲れたりしないでよ」
私はブルーに塗られた機体と、GE製の2発の巨大なジェットエンジンを眺めながら語りかけた後、自分の座席を探します。
真ん中席の通路側。本当は窓際がよかったのですが、まぁ出入りがしやすいので良いでしょう。荷物(カメラバック)を足元に置いて座席に座ります。
さて。
先日も書きましたが、私は鉄とアルミとジュラルミンとその他諸々の巨大な塊が重力を打ち破って空を飛ぶ、というのがどうにも納得いきません。それぞれの座席に付属しているモニターには現在の機体の状況。速度、高度、外気温、残り飛行距離、現在地の時間、行き先の時間などが映っています。しかし外の状況は見えません。モニターには文字しか映し出されません。これが恐怖を助長します。
飛行機は、滑走路を静々と移動し、直線路に到達しました。ジェットエンジンがその出力を高めます。
私の頭の中ではヤマトの発艦シーン。或いはナディアのニューノーチラスの起動シーン的なアレが再現されるわけですが、自分の命がかかってるので、間違っても楽しいものではありません。ジェットエンジンの咆哮がいよいよ高まり、シグナルはブラックアウト。
で、ここから、あの旅客機独特の地味な加速が始まります。私のカレラ号の5速の加速くらいのそれ。
これが怖い。いっそのこと、顔の形が変わるくらいの強烈な加速をしてくれればいいものの、これでホントに離陸速度に達するのかと不安になる地味な加速。じわじわと速度があがり、300kmを超えると翼が生み出す揚力が重力を上回り始めます。あの独特の浮遊感と共に機体はついに地面を離れ、そこから高度を上げていくわけですが、この際の上下動が好きになれません。
私は前後のGや横Gには耐性がありますが、上下のそれはどうもなじまない。もしここでエンジンの中の小人さんがやる気を失ったらと思うとおちおち写真も撮っていられません。なんとも言えない命を懸けた10分弱が過ぎた頃、機体は水平飛行に移り、シートベルトサインが消えます。
これでようやく一安心。暫くでウェルカムドリンク的なドリンクサービスとお菓子が配れました。生きているって素晴らしいと思いながら喉を潤します。さてモニターによると、もう飛行機は日本海に達しています。このあとロシア上空を延々と飛び、北欧の国々やバルト海を掠めてアムステルダムに向かうというルート。ロシア上空を飛ぶ。一昔前なら有り得ません。早々にミグだかスホーイだかがぶっ飛んできてソ連の空に散ることになります。平和って素晴らしいですね。
さて日本時間ではちょうどお昼。ランチが運ばれてきました。ビーフorチキン?と聞かれたのでビーフと答えたら出てきたのは
ジャパニーズSUKIYAKI
なんでやねん。しかしこれがまぁ普通に美味しかったです。
てか今回、私はおよそ10年ぶりに飛行機に乗ったわけですが、本当に快適になりましたね。当時、ハワイに行く際に乗ったのが初めてでしたがそれはそれは酷いものでした。座席は座り心地最悪ですし、信じられないほど狭いし、機内食はこの世の物とは思えない不味さでした。
それから比べると実に快適です。またKLMは日本人CAが乗り合わしているので、意思疎通に困ることもありません。更に座席に据え付けられたモニターには、様々な映画やテレビ番組、更にはゲームまで出来るというハイテク品。凄いなぁと思いながらコントローラーを握ると、しかしスタートボタンが効きません。まさかこんな所でも、私の機械物のツキのなさが発揮されることになろうとは。反応が死に掛かったボタンを無理やり押して、私はトップギアの字幕なし版を見、そのあとはテトリスをして時間をつぶしました。
そうこうしているうちに、機外はずいぶん暗くなり始めます。私は席を立って機体最後尾周辺の窓から外を眺めます。
これがもう美しいなんてもんじゃありません。高度40000フィートの高空には何一つとして視界を遮るものは存在しません。
空と宇宙の境目は曖昧で、夕日が遥か彼方の地平線を照らし、眼下には凍結した大河が静寂とともにあります。

この季節、この時間、この高度でしか見ることができない、本来は人間が見ることができない絶景。
私は飛行機が好きではありませんが、この高高度の景色を見られるなら飛行機に乗る価値はあると思います。
さて、エコノミー症候群が怖い私は景色を見る他にも機内を歩き回り、通常入室が制限されているであろうビジネスクラスに忍び込みブルジョワの世界を垣間見たり、いきすぎてCAがくつろいでる所に入り込んだり、更にCAにハイネケンや赤ワインを貰ったり、適当に時間を潰しました。不思議なもので初めから12時間のフライトだと腹をくくれば、ウラル山脈を越えた辺り、到着まで4時間とかになると、もうアムステルダムまで指呼の間であるかのような盛大な勘違いをするから不思議です。
さて飲んだくれていると二度目のKLMオランダ航空の機内食が配られ始めました。
メニューはジャパニーズYAKISOBA。
だから何故?オランダですよオランダ。ほらあるじゃん他にも。風車とかチューリップとか飾り窓の女とか。食い物は全く思いつかないですが、しかしすき焼と焼きソバは絶対に違う。もっとオランダ風味溢れる何かが欲しい。機長のオランダ語とオランダ訛りの変な英語によるアナウンスで気分をオランダにするしかありません。
でも薄暗い機内に10時間以上もいると変なテンションになりますね、もしかすると、機内の空気にはそっち系の何かが混ざっているのかもしれませんオランダだけに。……いやこれ以上オランダを冒涜すると不味いのでこの辺でやめましょう。
そんなこんなで飛行機は無事ロシアの制空権を抜け、EU圏内に入ります。着陸のために高度を落とし始めたあたりから飛行機が揺れる揺れる。機外は相当強風のようです。その昔、ハワイからの帰国途中も相当揺れましたが、今回の揺れはそれ以上です。上記したように、機外のモニターはありません。あるのは速度計と高度計くらいのものです。物凄い勢いで高度が落ちてますが、まぁ気のせいでしょう。心配しようが何しようが私が操縦桿を握っているわけではありませんので無駄なことです。人間死ぬ時は死ぬ。無味乾燥なディスプレイと遠くの窓から覗く景色から、着陸が間近であると知れます。暫しでランディング。そこからも揺れましたが、地に足の着いた揺れには何の恐怖も感じませんから面白いものです。
えらく長い移動時間がかかってようやく飛行機から降ります。スキポール空港巨大すぎ。
で、ここから恐怖のトランジット6時間が始まります。6時間て。軽く観光できるレベル。一旦集まって注意事項を確認。2時間後再集合ということで解散となります。さてしかし、日本時間的にはもう夜の12時頃ここから6時間は非常にきつい。でもここで寝ると死にますので耐えなければなりません。荷物を引きずりながら巨大なスキポール空港のなかを探索です。
免税店に寄ってみるという海外旅行お約束のパターンですが、ブランド物に疎い我々は高いのか安いのかよく分かりません。その昔のハワイ旅行の際、アルマーニの革ジャケットが死ぬほど安かった記憶があり、今回密かに狙っていたのですがアルマーニがありません。私的にはもう欲しいものがなく、酒でも見てみるかと免税酒屋に寄ってみましたが、私が欲するブランデーやその他は、信じられないことに日本国内のディスカウント酒屋で買う値段と全く変わりません。
ほとほとげんなりしながら、本屋に移動。そこでトップギアの本を見つけ、テンション少し上昇。凄いですね。3種類ももありましたもの。あと、当然ですが、エロ本が充実してました。流石はオランダ。
さてもういい加減しんどい我々。しかし上記しましたように空港は時間の流れが加速してますのでコーヒー飲んでる間に集合時間が迫ります。ちなみにこれがヨーロッパ初買い物、初飲食でしたが、何の変哲も無いただのコーヒーでした。残念。
さて、我々の目的地はドイツフランクフルトですが、EU圏内では、まず一発目に止まった国で入国審査をする模様。集合後ここで審査となりました。EUの入国審査なんて勿論初めてでしたが、ゲートが二つに分かれてまして、片方がEUパスポート用、他方がそれ以外のパスポート用となっています。EU外のゲートがやたら混んでいまして、私たちの前には中国か朝鮮の女の子でした。で、彼女達の審査の際、これがやたら執拗に話し込んでます。困った。私の英語力は中学レベルですから、官憲のそれには到底太刀打ちできない。嫁も別に語学が堪能なわけではありません。どーするよ?「JAPANESE PLEASE!!」って言うしかないだろとか笑ってると、EU用ゲートの耳聡い審査官が反応しました。私を見て「JAPANESE?」私が頷くと、こっちに来なさいとのこと。パスポートを提示すると無言で判子押して無罪放免です。
おいもうちょっと何かあるでしょう?
こっちは「さいとしーいんぐ!」って答えるタイミングを今か今かと待ち構えていたのに肩透かしもいいとこですよ。相変わらず日本のパスポートの信頼性は世界一ですね。お隣さんとはえらい違いです。
しかしこの信用は我々の先人が築き上げた物です。我々の代でこれを汚してはなりません。襟を正してEU入国となりました。
しかし別に入国と言っても、空港の中の、ゲートの向こうとこっち。何も変わることはありません。フランクフルト行きのゲートを確認した後、また自由時間。今度もあっちを見、こっちを見、時間を潰します。途中、何気ない喫茶店の余りのヨーロッパ的雰囲気にテンション上がり、空港の端っこにぽつんとあった寿司バーに笑い、店員が日本人と気付いて気まずくなったり、色々ありました。小腹が空いたのでサラダの盛り合わせとビール(これが空港最安飯)でしのいだりしていると、あっという間に再度の集合時間。同じくKLMのフランクフルト行きのゲートに集合。凄い風の中エアバスA330の小人さんに祈りながら搭乗します。狭い。4列シートです。新幹線より狭い。1時間かそこらのフライトですので、まぁいいでしょう。でも今回は窓際でした。移動中、主翼がばいんばいん揺れてます。小型機怖い。
さて777型に比べて明らかに小さなジェットエンジンの音が高鳴り加速が始まるわけですが、これが大型機に比べなかなか鋭い加速を見せます。カレラ号の4速くらい。今回は窓際で翼と空が見えますから恐怖感は殆どありません。
無事離陸し、眼下にオランダの夜景が広がります。非常に美しい。翼よあれがアムステルダムの火だ。しかし1時間くらいのフライトですから、水平飛行に移ったと思ったら間もなくで降下が始まります。飛行機って凄いですね。暫く、ほんの暫くでフランクフルトに到着です。
しかしもう流石に疲れた。空港でスーツケースを引き取り、鍵がぶっ壊れていることに落胆しつつバスに乗り込みます。フランクフルトから、ルードヴィッヒスハーフェンに向かいます。現地時間で夜の11時。日本時間は考えたくもありません。
乗りはじめて暫くで、気がついたらアウトバーンに入ってました。私の夢の地ですが疲れ果てていてテンションはあがりません。
なおアウトバーンの交通事情については、コラムで書きますのでそちらを参照してください。
簡単に触れますと、みな、飛ばしすぎ。中でもとてつもない速度でぶっ飛んでいった911がありました。流石は本場。しかしポルシェが少ない、殆ど見ません。不思議に思いながら何とか意識を保ちつつ、1時間と少しで目的のホテルに到着しました。
しかし同じ時間でも飛行機とバスでは全く違います。バスのほうが圧倒的に長く感じる。人間の感覚って不思議ですね。そんなことを思いつつ、部屋に入る。本当に普通のビジネスホテルです。日本と何も変わりません。変わるのは、水が有料ということ、その水が途方も無く高価だということです。ホテルの自販機で3ユーロ。即ち300円。しかも飲んで気付きましたが炭酸水です。がっくりと膝から崩れ落ち、私はベッドに転がり込みました。
そんな初日。翌日からいよいよ本格的な観光が始まります。
我々を待ち受けるドイツの古都と古城たち。
然るに「飛行機に乗ってホテルに着いた」って所まででこんなに書いてどうするんでしょう。
今後この密度で話を書いてると私も読む方も死ぬので、以後改めます。