さて、前回、前々回とスポーツカーのお話をしました。
スポーツカーを自縄自縛に陥らせる原因はマーケティング偏重にあるというお話でした。しかし、スポーツカーを縛るモノはマーケティング以外にもあります。数え上げればきりがないですが、例えばブランドもそうです。
ブランドの維持増進の為に、全くおかしなことが起こり得る。
今回はそんなお話。
どういうことか。
スポーツカーと聞いて誰もが思い浮かべる「ポルシェ」というメーカーがあります。私もポルシェ大好きです。「RRの空冷911命」というポルシェ原理主義者の一人です。
しかしですね、ポルシェはスポーツカーかと問われれば、実はそうとも言えません。これは以前にも書きましたが
911という車。その前身はポルシェ356という車です。そのポルシェ356のプロトタイプは「運動性」の為に、要するに「スポーツカーたらん」としてMR(ミドシップレイアウト)を採用しました。
因みにF1の世界初ミドシップはクーパーですが、ミドシップレーシングカーの嚆矢はポルシェ博士作のアウトニオンPバーゲンです。ローゼマイヤーが駆りニュルで絶対不可能と言われたラップタイム10分を切った伝説のマシン。クーパーの軽く20年昔の話ですね。
話がそれました。じゃあMRだった356が何故RRになったか。
「移動距離の長いヨーロッパにおける、富裕層の人々の「早く快適に移動したい」というニーズ」
これです。MRだと2人乗りです、どうにもなりません。でもRRにすりゃなんとか4人乗れる。荷物も積める。更にRRなら「カブトムシ」ことフォルクスワーゲン・ビートルのエンジン周りも継承できる。いいことずくめ。
つまり要するに、911(356)は生まれた瞬間からマーケティングに魂を引かれた車。即ち、GTカーでした。
じゃあ何故GTカーとして生まれた911がスポーツカーの雄と呼ばれるまでになったのか。
それはレースでの圧倒的な強さでした。ビートルのロイヤリティがVWからポルシェに入るという仕組みにより、潤沢な資金を持ったポルシェはレース界を席巻。
911のかっこを連想させるマシン、例えば935ターボ、シルエットフォーミュラにおいて無敵。
ポルシェはレースという世界で強さを見せ付け、それを上手く911の派生モデルに結び付け、そしてそれがブランドとなりました。
911の「あの形」が「ブランド」になったわけです。
しかし70年代末、ポルシェは悩みます。VWの主力がビートルからゴルフに移りパトロンが消えてしまったんです。もう911だけじゃどーにもやっていけない。
だから脱911を図り924、928を作ったわけです。
FRの真剣なスポーツカーですね。
また914も作った。MRでコストも考えたスポーツカーです。
しかし見事に全部コケました。
何せカッコが911じゃない。「ポルシェじゃない」からです。
世界中の人が望んだのは、あの形、あのブランドでした。
ポルシェは真面目すぎたんです。真面目に愚直に頑張った。しかし世の中に認めてもらえない。911しか売れない。でも911だけじゃもう無理。
どーするか。どーにもならん。身売りするか?
切羽詰った90年代初頭、救世主が現れます。トヨタです。
ポルシェはトヨタからコスト管理を学び、そしてそのブランド力を生かす方法を学び、マツダ・ロードスターが切り開いた新天地「オープン2シーター」の世界に、911そっくりの車「ボクスター」を叩きつけた。
これが大ブレイク。
ポルシェは一気に復活し、今や押しも押されぬ優良企業です。
さてしかし、ジレンマが生まれます。911という神様は、しかしぶっちゃけダメ車です。上記のように基本からしてなってない。ここまで走ることが奇跡です。スポーツカー的な車を走らせる技術において、ポルシェは間違いなく世界一。だからこそRRなんて欠陥レイアウトが未だに世界第一級の車なんですが、しかし困ったことにボクスターはMRです。
MR。車にとって一番重いエンジンが中心にあれば、そりゃ運動性能いいですよ。重量配分もいいですよ。全部上手くまとまる。
生まれた瞬間からボクスターは911を超える車なんです。
しかし「神」を超えてはいけません。超えた瞬間「911教」は崩壊し
ポルシェブランドは崩れ落ちます。それはできない。
そのジレンマ。その「ブランドの維持」のために、ボクスターは、そしてボクスターより更に素性が良いボクスタークーペ・ケイマンは、911を超えないように捻じ曲げられる。
…おかしくないですか?これは絶対におかしいです。
「スポーツカーを、遅くなるように作る」
こんな馬鹿げた話が、こんな矛盾がありますか?
こんな意味不明な、おかしなことが行われるのは全て「ブランド戦略」に起因します。ブランドが本質を侵食し、捻じ曲げる。
さて一方でポルシェと双璧をなす、いやブランドという意味ではポルシェをも凌ぐ「フェラーリ」はどうか。
モンテゼモロが社長をやって大改革をした結果、今のフェラーリは昔のフェラーリではありません。
「フェラーリは(車じゃなくて)フェラーリ」
なんてフェラーリ信者(私含む)以外には通用しない教義を持ち出す必要も無く、誰がどう見ても、スポーツカーとして第一級です。
確かにデカイです。デカイですが、考え抜かれた構造です。それ故バカほど高いわけですがね。
つまり、ポルシェがブランド戦略に拘泥している間に、フェラーリはその自身の絶対のブランドに甘える事無く大改革を行い大躍進を果たしたわけです。そりゃF1でも勝ちますよ。
フェラーリがついに「車として」ポルシェを抜くか!?
F430はその試金石でした。そしてそれは勿論素晴らしい車でしたが
しかし、最新型の911(997型)ターボ及びGT3は蓋を開ければやはりトンデモナイ化物でした。
またしても「最新のポルシェは最良のポルシェ」を実践してみせたわけです。ブランドに本質を侵食されつつも、無茶苦茶な基本レイアウトでも、技術者の意地と根性と超能力(?)で世界最高であり続ける。
見上げたもんです。流石です。
バイザッハ研究所のオヤジ達は妖怪ですね(ぉ
私はケイマンやカイエンのようなブランド商売は好みませんが
911を無理矢理進化させ続ける、非効率で非合理的なエンジニアの根性を愛してやみません。
フェラーリとの戦いは今後本当に見物ですね。